KIRJOJEN PUUTARHA
フィンランド文学情報サイト

 

 tunnus おすすめ作品

Miksi emme totu pystyasentoon    原書名:  Miksi emme totu pystyasentoon
 (直立歩行に慣れない理由)
 作者名:  Sinikka Nopola, 1953~
 シニッカ・ノポラ
 出版社 / 年:  WSOY / 2007
 ページ数:  153
 ISBN:  9789510308943
 分類:  エッセイ
 備考:  Risto Räppääjä ja viimeinen tötterö
 Risto Räppääjä ja ja villi kone
 Risto Räppääjä ja kauhea makkara
 Risto Räppääjä ja komea Kullervo
 Risto Räppääjä ja Hilpuri Tilli
 Risto Räppääjä ja sitkeä finni
 Risto Räppääjä ja Nuudelipää
 Risto Räppääjä ja pakastaja-Elvi
 TV2のアニメーション情報

【要約】

世の中には、増えてゆくモノでいっぱいだ。過剰な情報と加飾するライフスタイルに、人間の寿命は追いついていかないかもしれない。人口、飢餓、埃、車、犯罪は増え続け、贅沢品は多様に展開し、Eメールとインターネットで生活リズムは加速する。しかし、その一方で、消えてゆくものもある。靴屋、商店、自分の顔、匂い、田舎の人びと。

最近の若者は、素材を知らない、素材恐怖症だ。肉や魚は昔から変わらず食べるのに、でき上がったものしか食べなくなった。生鮮売り場で素材を選び、家に帰って肉をさばき、魚をおろすこともない。店に行って手にするのは、ツナ缶やレトルトパックだ。フィンランドの菓子パンのプッラも、もはや、その工程をスキップされてしまった。生地をこねる温もりも、オーブンから漂うあまやかな匂いも、冷凍パックに還元されてしまった。だから、匂いもなくなった。ラップが冷蔵庫の匂いを消し、電子レンジが夕餉とプッラの匂いを消した。臭いものには蓋がされてしまった。

児童小説「ヘイナとトッス」シリーズや「リスト・ラッパーヤとゆかいなラウハおばさん」シリーズで知られているシニッカ・ノポラは、短編小説やエッセーにも長けた作家です。作家になる前は、タンペレの日刊「アームレへティ」や全国紙「ヘルシンギン・サノマット」などの新聞社で記者として敏腕を振るいました。本書は、2001年から2004年にかけて、ヘルシンギン・サノマット紙に掲載された記事を中心にまとめられたエッセー小説集です。

【抜粋訳: pp. 138-140】

フィンランド人に「幸せとは何ですか?」と聞けば、土曜のサウナの前の焼きたてのプッラの匂い、と答えるのが習慣だった。プッラは、フィンランドでもっとも人気のある菓子パンだ。オーブンから漂う匂いは、どの国民にも通じる体験である。私たちフィンランド人はプッラなしではいられない。しかし、ほかの国ではプッラのことはほとんど知られていないというから驚きだ。

丸いかたちのプッラは、母親の胸に似ている。プッラは、牛乳やコーヒーと一緒に昔から食されてきたおやつである。リング状のプッラは、お祝いの席でひときわ異彩を放ち、シナモンが香しいコルヴァプースティ(渦巻き状のフィンランドのシナモンロール)は、もともと都会人のちょっとおしゃれな菓子パンだった。

プッラの語源(pullea)は、やわらかさと丸み、である。

プッラはスローライフの形見だ。プッラをつくるには時間がかかる。二段階の待ち時間を要する。生地ができると、少なくとも30分は暖かい場所で寝かせておく。成形はそれからだ。プッラが焼きあがっても、さらに寝かせておく。

1970年代のスローライフ時代は、二段階の待ち時間はパンを焼く上で当たり前だった。だが、フィンランドは変わった。もう、二回も待てなくなったのだ。それと同時に、田舎は空洞化し、ゆっくりとした生活リズムは消え、パイがプッラに取って代わった。パイ生地にはイースト菌がいらない。つまり、パイなら一回の手間でできるのだ。

(・・・)

プッラの二段階の待機期間は、フィンランドの崩壊と成熟の歴史のシンボルだ。生地を寝かしている間、プッラにはナプキンをかけておく。フィンランドも二回、待った。二回、異国の支配に遭ったのだ。フィンランドが独立してようやく完成した。つまり、生地は膨らみ、オーブンで焼ける状態になったのだ。  一方で、最近の半冷凍ブームは歴史のない時代を象徴している。21世紀のフィンランド人には、パイすら焼く時間がない。店で買った半冷凍パックのプッラやコルヴァプースティを冷凍庫から取りだして、オーブンプレートに並べる。それをオーブンに押しこめば、20分後にはあつあつのプッラができ上がる。辛抱も、二度の待機段階も、プッラを焼くことも、焼こうと思うことも、もうないのだ。

文/訳 末延弘子 シニッカ・ノポラ著『直立歩行に慣れない理由』(2007)より


おすすめ作品の目次へ ▲このページのトップへもどる