【抜粋訳: pp.16-25】
さあ、ポークグレービーですよ!
エルヴィおばさんが、幅のせまい折りたたみ式のベッドをキッチンの奥へと広げています。
「わたしはここに住みこみます」
リストにそういうと、ベッドに青いチェック柄のベッドカバーを広げました。エルヴィおばさんがばたばたやっている様子を、リストはドア口でじっとながめています。
「これは携帯ベッドです。つねにまとめて携帯しています。うちの親戚は多いので、わたしが借りだされることも少なくないのです」
「ふたりとも、なにを話してるの?」と、リビングから叫んでいるのは、リストと同居しているラウハおばさんです。
「あなたは休んでいればいいのです!わたしが夜食をつくります」と、エルヴィおばさんはいうと、ラウハのそばまでいきました。すると、ラウハの表情がぱっと明るくなりました。
「クレープ?」
「そんなようなものを、ここでは召しあがっているんですか?壊血病がクレープを食べる人を狙っていますよ!わたしはポークグレービーをつくります」
エルヴィおばさんがキッチンに引きかえすと、リストがごくりとつばを飲みこみました。
「ラウハおばさんとは、そんなの食べたことないよ」
「あなたのおばさんはポークグレービーを一度もつくったためしがないのです」
「今度はなにを話してるの?」と、ラウハがリビングから聞いてきます。
「ラウハおばさん、ぼくさポークグレービーとかいうのを食べなくちゃいけないわけ?」
すると、そばに寄ってきたリストにラウハは耳元でこうささやきました。
「味見してみるといいわ。それが礼儀というものよ」
「ぼく、エルヴィおばさんがここに住むのやだな。ぼくの太鼓を持っていっちゃったんだよ」
「一週間くらいしか住まないから。そうしたら、太鼓をとり戻しましょう。ほら、ここにあるのなんだとおもう?」
ラウハおばさんは枕の下にキャラメル箱を隠していました。
「これは私のポケットに入っていたの。それをエルヴィに見つからないように隠したのよ。エルヴィは甘いものを食べるのが嫌いなの」
リストは、チョコレートキャラメルを二粒口に入れました。
「リスト、エルヴィがいったいなにをごたごたしているのか、キッチンに行ってみてきて」と、ラウハがこっそりささやいたので、リストはしぶしぶキッチンのドア口まで行って立ちどまりました。
そこでは、エルヴィおばさんは旅行バッグの中身をテーブルの上にだしているところでした。すると、バッグから黒いずきんがぴょんと飛びだしたのです。なんだあれは?と、リストが首をかしげると、おばさんはずきんをさっと引ったくって、バッグの奥へと押しこみました。そして、変な目でバッグをじっと見つめているリストを横目でちらりと見ました。
つぎに、エルヴィおばさんが開けたのは靴箱でした。箱には、「親戚のところで使用するもの」と、書いてあります。箱からでてきたのは、黒くて目のこまかいクシでした。
「これはシラミ用のクシです」
エルヴィはそういうとリストの髪をクシで引っかきはじめるので、リストは思わずびくっと跳びあがりました。
「シラミなんかいないよ!」
「わたしにはそうは見えません!少なくともほこりがもさもさしています!」と、エルヴィが興奮して、手にクシを持ってリストをリビングまで追いかけます
「今度はなに?」と、ソファーで横になっているラウハがたずねます。
「エルヴィおばさんがシラミをさがしてるんだ!」
「シラミくさい。頭がほこりっぽいほど、シラミが多いのです。リストの頭はほこりまみれです!」
慌ててラウハがからだを起こして、必死にこう言いました。
「エ、エルヴィ、リストは清潔な子よ」
エルヴィおばさんは聞く耳をもたず、歌いながらずんずんと部屋中を行進しはじめます。
われらはシラミとたたかうぞ
剣で 盾で 軍刀で
シラミ軍を今こそほろぼすぞ
さあ 元気だして いざゆかん!
エルヴィおばさんは、リストの目の前で新たに突撃体勢をかまえながらシラミ用のクシをかざしましたが、リストは風呂場から水鉄砲をもってきていて、エルヴィに狙いをさだめていました。
「やめてちょうだいよ、リストにエルヴィ。あなたたちは病人に気をつかってくれないの?シラミごっこも、騒々しいのも、わたしたえきれないわ」と、ラウハが困りはてていると、エルヴィおばさんが水鉄砲をつかんでこう言いました。
「押収します」
すると、エルヴィおばさんはメガネを取って、狙いをさだめて両方のレンズに向かって水を発射しました。メガネをふいて玄関へと進んだおばさんは、鏡に水を吹きかけて雑巾でふいています。
「そこのシミはなんですか?」と、今度はエルヴィおばさんはリストのシャツに鉄砲を向けて、シャツのすそを手でこすって見せました。
「はあ?」
リストが濡れたシミをラウハに見せにいくと、おばさんはぽんぽんと軽く叩きながら小さな声でこう言いました。
「気にしないのよ、リスト。エルヴィはね、昔からすごくキレイ好きなの。シラミはエルヴィにとって特別身近なことでね。おばさんの髪の毛から、学校時代に合わせて25匹のシラミが見つかったのよ。そのときにはもう、エルヴィと同年代の子どもたちに、シラミ退治の芽が植えつけられたというわけ。おばさんは「頭からシラミをなくそう」協会の設立メンバーなの」
「ラウハ、あなたは今、病人なんですよ。わたしにはすべてにおいて責任があります。わたしがあなたに代わって電話セールスを引き受けます。今現在、あなたはなにを売っているのですか?」
「遠足用エッグカップよ」
「いまだに同じものを!いいかげん、なにかもっとまともなものに変えてもいいころでは?」
「おねがい、エルヴィ。わたしはエッグカップがいいのよ。まだ売れ残りがたくさんあってね。ソファーと椅子の下を見てよ」
エルヴィおばさんがしゃがむと、山積みされた卵ケースからエッグカップがわんさかありました。ラウハはケースからフタをつけたままカップを一つずつ切りとっていました。
「どこから、こんなにたくさんの卵ケースを手にいれたのです?」
「アパートの住人全員に、ケースを玄関先まで持ってきてくれるように頼んだのよ。いくつ来たかしら、リスト?」
「247個」と、リストがぶつりとつぶやきました。
「リストはカップの数も数えているのよ」
「1482個」
「それで、いくつ売ったのです?」
「18個よ」
「つまり、まだ1464個の遠足用エッグカップが手元に残っているというわけですね」と、エルヴィおばさんが計算しました。
「まったくラウハときたら。それじゃあ、・・・シラミ用のクシとか売りはじめたほうがもうかるのでは?」そういってエルヴィおばさんは、紙にちょっと足し算をしました。
「この国には500万人の住人がいます。もし、二人に一人の頭に少なくとも二匹のシラミがいたら、国全体で500万匹のシラミがいることになります。それから、各世帯に三人いるなら、シラミ用のクシは200万本以上売れることになります」
ラウハが身を起こしてこう言いました。
「それはまた、ものすごい数ね」
「なんというマーケットでしょう、考えてみて! それに、どうやったら遠足用エッグカップからおさらばできるか、わたしは知っています」と、エルヴィおばさんは興奮した様子で話します。
「どうやるの?」と、不思議そうに聞くラウハに、エルヴィおばさんはこう答えました。
「シラミ用のクシ一本につき、買い手は遠足用エッグカップをもれなくもらえるのです」
「もれなく?遠足用エッグカップはわたしの主力商品よ」と、ラウハは傷ついた様子です。
「では、なぜ、だれもそれを買いたがらないのでしょう」
ラウハがしばらく考えこんで、こう言いました。
「たぶん遠足をあまりしなくなったから」
「けれども、シラミは違います!」と、エルヴィおばさんが声を張りあげます。
エルヴィおばさんは間をおかずに、シラミ用のクシの電話セールスに取りかかりました。そして、近くのお店から、先が50本に目が分かれたクシの徳用パックを買ってくるように、リストにお遣いを言いつけました。
「これで始められます」
それから、ラウハに顧客リストをもらってセールスを始めました。
「こんばんは、エルヴィ・ラッパーヤです。少しお時間いただけますか?よかった。お客様は頭の辺りでお困りではありませんか?おや、おわかりにならない。お客様の頭にはなにか余計なものがございませんか?いえ、いえ、帽子のことを言っているんじゃありません。つまりですね、お客様の頭に動くものをお感じになられないかということなんです。目が動く?いえ、そういうことではありません。つまりですね、お客様の頭によけいな生き物が動いていないかということなんです。おや、いったいなんの生き物かって?シラミですよ、当然!もしもし!もしもし、もしもし、もしもし・・・」
エルヴィおばさんは電話を5本かけましたが、"シラミ"と言った途端に、受話器がガシャンと切れてしまいました。
「セールスするまでにもいたらなかったわ。あなたのお客は失礼です。あんなような人たちには、行儀をただすまでは販売する価値もありません」と、エルヴィおばさんがラウハにぶすっと文句を言うと、今度はバッグからミニサイズのビニール袋を取りだしました。
「さあ、袋につめましょう」
そう言って、クシを一本一本、それぞれの袋につめはじめました。
「クシも冷凍保存するつもりなの?」と、ラウハ。
「いいえ。クシの衛生と実践力を保持するには、袋につめるだけで充分なのです。ラウハ、親戚への個性的なクリスマスプレゼントができましたよ。あとは、ぱっと華やかなリボンでぐるりと巻きつけるだけです」
「ありがとう、エルヴィ。驚きだわ。クリスマスプレゼントがこんなに余裕をもって準備できたなんて」そう言うラウハのベッドカバーの下からキャンディ箱が落ちてしまいました。ラウハの顔がぱっと赤らんで、こう言いました。
「あらま。だれがこんなところに隠しておいたのかしら?」
エルヴィおばさんが箱をさっと取りあげると、エプロンのポケットに入れました。
「いいですか、ラウハ。キャンディは病人の食べ物ではありません。ここの家庭にはほかにもまちがいがたくさんあります。たとえば、どうして壁にカボチャがかけられているのか、わたしには理解できません」
「リストが壁になんでもかけるのよ」
「壁には芸術のみがかけられるということを、あなたがたは知らないのですか?」
「あれは芸術だよ」
「壁にカボチャなど、むだです」と、エルヴィおばさんは食ってかかって、カボチャをむしり取りました。
「だめだよ!」と、リストが叫びます。
「いいのです。一週間では足りません。もう少し長くあなたがたのところにいることになります」
「落ちついて、エルヴィ。一週間後には、わたしは動けるようになってるから」
「しかし、あなたがたの家事はまったくもって無法状態です。風通しもしない、保存もしない、冷凍もしない。鍋つかみは洗わずじまい、枕はぺちゃんこ、蝶つがいの間は汚れたまま、そして椅子の下は遠足用のエッグカップであふれています。わたしが昼間、家事を担当します。夜はわたしには用事があるので」
「夜になにをしているのか、聞いてもいいかしら?」
「プライベートな問題です。明朝、この家で新しい指示を出すことから始めます。リストはお手伝いです」
エルヴィはキッチンへとずんずんと進むと、そこからガタガタと物音が聞こえ、カチャカチャと食器のぶつかりあう音が聞こえてきました。
「エルヴィおばさんの手伝いなんて、ぼくやだよ。ぼくの太鼓とカボチャを取ったんだよ」と、リストがぶつぶつ文句を言いました。
「エルヴィおばさんは、とても役に立つのよ、彼女は気転が利くの。大丈夫、二、三週間くらい我慢できるわ」と、ラウハがこっそり言いました。すると、キッチンからエルヴィおばさんの呼び声が聞こえてきます。
「さあ、ポークグレービーですよ!」
|