【要約】
スミレは、学校へ行く途中、きまってショーウィンドーの前で立ち止まる。ケーキ屋のデコレーションケーキもマジパンケーキも、本屋の色鉛筆も新刊の『月にふく風』も、朝の光にきらきらと眩しい。けれども、いちばん輝いているのは、スミレの住むアパートの向かいの花屋だ。店は古く、そして美しい。店主のミス・ホルスマは、スミレの叔母によると、いっぷう変わっていて、いつも花に話しかけている。
花に話しかけるのは、花が生きているからだ。それをわかっている人に買ってほしい、それがミス・ホルスマの願いだった。
スミレは、ひょんなことから花屋の使いをすることになった。配達人の少年が足を挫いたためだ。小学生のスミレにはまだ早い、と母や叔母は反対したが、一週間だけなら、と叔父や祖母は許してくれた。
月曜日の花はチューリップだった。未婚の母と生まれた子どもへ贈ったものの、受け取った母親は花では生活できないと憂いだ。火曜日の届け先は病院と刑務所だった。香り高い桜と白いチョウセンアサガオは心気症を患う夫人に贈られた。終身刑の男へ届けられた紫のカキツバタは男の母親からだった。水曜日は、還暦の市長にソテツを届けた。人間よりも遥か昔から生き抜いてきた古生代の植物に、市長は目先のレセプションの喧噪で気づかなかった。木曜日は、昨年の美人コンテストで優勝したミス・アーバンに真紅のバラの花束を届けた。贈り主はスミレの叔父だった。昼夜を問わず働いて贈ったバラを、ミス・アーバンは受け取らなかった。金曜日は、町の中国人数学者に、清明祭のためのオダマキとカーネーションを届けた。数学者は丁寧にスミレを迎えいれると、花びらを数えながら花の秘密を黄金比で解いた。土曜日は、ジャスミンとリラをオペラ劇場のプリマドンナに届けた。プリマドンナは化粧と香水の匂いをぷんぷんさせながら、花束を受け取るとくしゃみを連発した。日曜日は花輪を墓前に届けた。小糠雨の降る日だった。町の老齢の手品師が亡くなったのだ。ピアノを浮かせたり、空中を飛んだり、何重にも鍵をかけた箱のなかから脱出してみせたりと、大がかりなイリュージョンで活躍し、一〇一歳で大往生した。
スミレは、花を毎日誰かに届けながら、花の秘密を知ってゆく。花はなぜ匂うのか。花はなぜ枯れるのか。花が匂うのは人間のためではなく、情報を伝えてくれる虫のためだ。花が枯れるのは死ぬためではなく、未来の種を宿すためだ。そんな自然の摂理を花は知っていて、それはおのずと美しい。
「ミス・ホルスマ、地上に花が咲いたのはいつ?」スミレが聞いた。
「それはだれにもわからないわね。でも、水分がたっぷりとれる湿地帯や水辺だったことはたしかよ。それから、いちばん日の射すところでしょうね。花は太陽の子どもだから。花は、咲いて、枯れて、葉を落として、朽ちていった。そうして何千年もの月日を超えて、花はますます美しく豊かになった。花のおかげで、私たちもこうやって生きていられるのよ」
「花がなかったら、人間もいないの?花って、そんなに大切なの?」スミレは目を丸くした。
「私はそう思うわ。花屋らしいでしょ?」
再生への祈りを、クルーンが美しく照らし出す。
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