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Auringon lapsia    原書名:  Auringon lapsia
 (太陽の子どもたち)
 作者名:  Leena Krohn, 1947~
 レーナ・クルーン
 出版社 / 年:  TEOS / 2011
 ページ数:  80
 ISBN:  9789518513110
 分類:  小説
 備考:  Hotel Sapiens
 Valeikkuna
 Kotini on Riioraa
 Mehiläispaviljonki. Kertomus parvista
 Unelmakuolema
 Sfinksi vai robotti
 Pereat mundus
 蜜蜂の館
 ペレート・ムンドゥス ― ある物語
 ウンブラ-パラドックス資料への一瞥
 タイナロン-もう一つの町からの便り

【要約】

スミレは、学校へ行く途中、きまってショーウィンドーの前で立ち止まる。ケーキ屋のデコレーションケーキもマジパンケーキも、本屋の色鉛筆も新刊の『月にふく風』も、朝の光にきらきらと眩しい。けれども、いちばん輝いているのは、スミレの住むアパートの向かいの花屋だ。店は古く、そして美しい。店主のミス・ホルスマは、スミレの叔母によると、いっぷう変わっていて、いつも花に話しかけている。

花に話しかけるのは、花が生きているからだ。それをわかっている人に買ってほしい、それがミス・ホルスマの願いだった。

スミレは、ひょんなことから花屋の使いをすることになった。配達人の少年が足を挫いたためだ。小学生のスミレにはまだ早い、と母や叔母は反対したが、一週間だけなら、と叔父や祖母は許してくれた。

月曜日の花はチューリップだった。未婚の母と生まれた子どもへ贈ったものの、受け取った母親は花では生活できないと憂いだ。火曜日の届け先は病院と刑務所だった。香り高い桜と白いチョウセンアサガオは心気症を患う夫人に贈られた。終身刑の男へ届けられた紫のカキツバタは男の母親からだった。水曜日は、還暦の市長にソテツを届けた。人間よりも遥か昔から生き抜いてきた古生代の植物に、市長は目先のレセプションの喧噪で気づかなかった。木曜日は、昨年の美人コンテストで優勝したミス・アーバンに真紅のバラの花束を届けた。贈り主はスミレの叔父だった。昼夜を問わず働いて贈ったバラを、ミス・アーバンは受け取らなかった。金曜日は、町の中国人数学者に、清明祭のためのオダマキとカーネーションを届けた。数学者は丁寧にスミレを迎えいれると、花びらを数えながら花の秘密を黄金比で解いた。土曜日は、ジャスミンとリラをオペラ劇場のプリマドンナに届けた。プリマドンナは化粧と香水の匂いをぷんぷんさせながら、花束を受け取るとくしゃみを連発した。日曜日は花輪を墓前に届けた。小糠雨の降る日だった。町の老齢の手品師が亡くなったのだ。ピアノを浮かせたり、空中を飛んだり、何重にも鍵をかけた箱のなかから脱出してみせたりと、大がかりなイリュージョンで活躍し、一〇一歳で大往生した。

スミレは、花を毎日誰かに届けながら、花の秘密を知ってゆく。花はなぜ匂うのか。花はなぜ枯れるのか。花が匂うのは人間のためではなく、情報を伝えてくれる虫のためだ。花が枯れるのは死ぬためではなく、未来の種を宿すためだ。そんな自然の摂理を花は知っていて、それはおのずと美しい。

「ミス・ホルスマ、地上に花が咲いたのはいつ?」スミレが聞いた。
「それはだれにもわからないわね。でも、水分がたっぷりとれる湿地帯や水辺だったことはたしかよ。それから、いちばん日の射すところでしょうね。花は太陽の子どもだから。花は、咲いて、枯れて、葉を落として、朽ちていった。そうして何千年もの月日を超えて、花はますます美しく豊かになった。花のおかげで、私たちもこうやって生きていられるのよ」
「花がなかったら、人間もいないの?花って、そんなに大切なの?」スミレは目を丸くした。
「私はそう思うわ。花屋らしいでしょ?」

 再生への祈りを、クルーンが美しく照らし出す。

【抜粋訳: pp.77-78】

「棺には鍵がかかってるの?」
 手品師の孫が聞くと、母親が答えた。
「かかってないわ。棺には鍵はかけないの」
「それじゃあ、おじいちゃんは楽に出てこれるね」
「出られないわ。棺に入ったら、もう誰も出られないのよ」
「なんでお母さんはそんなこと言うの!おじいちゃんは世界一すごい手品師なんだよ。どんなところに閉じこめられたって出てこれるもん。見ててよ、今に外に出てくるから!」
 母親は涙をぬぐった。風に母親の黒いスカーフがひるがえる。花輪のリボンははためいて、牧師の白いあご髭が揺れた。雲が晴れ、カラスの群れがいっせいに飛びたった。そのとき何かがざわめいた。囁きだったかもしれない。
(まさか、手品師がほんとうに出てきたのかしら?)スミレは思った。
「棺はからっぽで、だれもいない。からだは誰もがいつか出ていく箱で、そのときが来れば、みんなできる。かんたんな手品だよ。だから、誰も死んだりしない」
 スミレは、風の言葉を本当だと思った。こんな日曜日だからこそ、そう思えたのかもしれない。
(お葬式が終わって、花屋の仕事も終わって、学校ももうすぐ終わり!通信簿をもらったら、夏やすみだ!)
 スミレはレインコートを脱いで折りたたむと、自転車のヤナギの籠に入れた。サドルにまたいで、ペダルを踏みこむ。
 未来は、五月の空のように一点の曇りもなくどこまでも青い。町に連なる湿った砂利は、タイヤの下でくすくす笑う。道端には、スミレやタンポポやフウロソウが咲きほこる。どれも花屋の花ではない。みんなは雑草あつかいするけれど、どれも太陽の子どもなのだ。ついさっきまでは、墓のように冷たく黒い土だったのに、春の光にあらゆる色が立ち上がった。
 春はいちばん大きな手品師だ。

文/訳 末延弘子 レーナ・クルーン著『太陽の子どもたち』(2011)より


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