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Mehiläispaviljonki Kertomus parvista    原書名:  Mehiläispaviljonki. Kertomus parvista
 (蜜蜂の館 群れの物語)
 作者名:  Leena Krohn, 1947~
 レーナ・クルーン
 出版社 / 年:  TEOS / 2006
 ページ数:  197
 ISBN:  9518510997
 分類:  小説
 備考:  Hotel Sapiens
 Auringon lapsia
 Kotini on Riioraa
 Unelmakuolema
 Sfinksi vai robotti
 Pereat mundus
 ペレート・ムンドゥス ― ある物語
 蜜蜂の館
 ウンブラ-パラドックス資料への一瞥
 タイナロン-もう一つの町からの便り

【要約】

「一切の部分は全体についての情報を与えている。個は集団の萌芽であり、個々は集団の全体像を包含する。わたしとは、わたしたちである」

 町のなかでも、とりわけ古い建物のひとつである「蜜蜂の館」は、今、取り壊しの危機にある。以前は、心の病気の診療所として機能し、現在は、さまざまな独立した"群れ"をなす団体の集会所になっている。出入りする団体は、爬虫類学的同好会、咽喉シンガー、地方自治学振興会、脱字者クラブ、スタインヴュルツェル家系協会、キュニコス会、客観世界の犠牲者支援、預言者会、ラッダイトクラブ、呼吸者会とさまざまだ。館の地下は、フロイトに傾倒しているライ夫人主宰の劇団「心臓と肝臓」と、ハイブリッド型ロボットの「ハイブロット」と共生している失業中の神学者シーグベルトの住居スペースとなっていて、地上階には、ポルノショップ「快楽」がある。また、館には、アッシャー症候群を患う女性ラハヤも掃除パートとして出入りしている。

 主人公が所属しているのは、法医学部生のアナトールが立ち上げた「変化する現実クラブ」だ。クラブのメンバーは、じぶんたちが体験した不可解な出来事をそれぞれ語りながら、物語はひとつの世界を編み上げてゆく。老カメラマンの「ゲルダ」はなにを写したのだろう?「ドライバー」が時間をかけてまで旧街道を走る理由は?幼少時代への想いは「秘書」の目になにを見せたのか?世界像は意志のうえに成り立っているという「ヘテロですらありたくない」の根拠とは?昔のクラスメートのセルマが見た屋根裏部屋階段のどす黒い液体の塊とふたつの頭をもった昆虫は、彼女にとってなにを意味するのだろう?「シクラメン」と名乗る主人公が、京都で出会った三人の仏陀をとおして見た真実とは?

 誰もがそれぞれの見方でさまざまな側面から世界を見る。じぶんのなかに見えたもの、じぶんにとって現れたもの、それは疑いなく、そのひとにとって真実なのだ。見えたものが正しいかそうでないかよりも、どうしてそれが見えたのか、それはそのひとにとってどんな意味をもたらすのか。そして、見えたものは、いかにして他者と分かつことが可能なのか。

 クルーンが、深く、根本的に、問いかける。

【抜粋訳: pp. 75-76, pp. 183-186 】

シーグベルトのハイブロットは、マグカップほどの大きさのハイブリッド型ロボットだ。その中枢神経には、ラット脳細胞が埋め込まれている。実際のところ、まだ試作機の段階で、認識するハウスロボットを仕事上で開発している、シーグベルトの友人が作ったものだ。
(・・・)
「なにを考えていますか、シーグベルト?」ハイブロボットが話しかける。
「ぼくたちは情報だけで生きてはいない」シーグベルトが答えた。
「ぼくたち、とは誰ですか?」
「つまり、機械とラットと人間さ」
「続きをどうぞ、シーグベルト」
「ぼくたちはとりわけ真実で生きている。けれども、真実の一部は四次元時空の結び目に圧縮されていて、誰も触れることができないんだ」
「それはあなたにとって問題ですか、シーグベルト?」
「真実を探しているものにとっては、それは問題だよ」シーグベルトはそう言うと、くいっと一杯あおった。
「あなたは真実を探していますか、シーグベルト?」
「真実と知識、かな。このふたつはひとつに見られることもあるからね」
「なぜ、あなたは真実と知識を探しているのですか、シーグベルト?」
「きみは人間じゃないから、そんなことを聞くんだ」
「続きをどうぞ、シーグベルト」
「人間は回路網の神だ。女王が蟻塚の神であるみたいにね。巣をひとつに統べて、意味と方向を与える。群れの主人だ。すくなくとも、じぶんではそう信じている。でも、どれくらい?もし、いなくなったら・・・」
「続きをどうぞ、シーグベルト」
「もし、人間がいなくなっても、きっと残念だなんて思わないだろう。人間の理性よりも速い知能は、至るところにあるからね。人間自身の細胞のなかにすら。それは、人の手によって造られた機械のなかで目覚め、じきに機械の手によって造られた機械に移される。しかし、きみは、ハイブロットは、そういう機械貴族には属さない。きみは、構造上、ミミズほども複雑じゃないからね。きみのラット脳は、寄生虫にやられるよ」
「続きをどうぞ、シーグベルト」
「話したくない」シーグベルトはそう言ったものの、こう続けた。
「もうすぐ各部分が変わることになる」
「誰の各部分ですか、シーグベルト?」
「機械と人間さ。そうなれば、回路網は人間を必要としなくなる。そして、一切の群れのように、同じ法則のもとで秩序立てられて機能することになるんだ」
「続きをどうぞ、シーグベルト」
「信じることをやめたら、偶然を手にしたよ」
「なにを信じることをやめたのですか、シーグベルト?」
「知能だよ。一切の群れを見る知能さ。そんなものは必要ないんだ。神か真実か、どちらを信じるかと言われたら、ぼくは真実を選ぶね」
「なぜ、選ばなければならないのですか、シーグベルト?」
 シーグベルトは答えなかった。
「あなたが信じているかいないかということを、誰が気にするのですか、シーグベルト?」
 シーグベルトはハイブロットの応答にはっとした。彼の耳には、卑劣な忠告のように聞こえたからだ。でも、ハイブロットが卑劣であるわけがない。「誰が?」それはたんなる質問にすぎないのだ。
「おそらく、誰も気にしないだろうね」シーグベルトは答えたものの、ハイブロットの妙な質問にいら立ち、声をあげてしまった。
「このヤロウ!」
 ハイブロットは中傷に挑発されることもなく、眠り始めた。その眠りも、ほんとうの眠りを模倣しているだけだ。シーグベルトもほろ酔い気分で落ち着かないままうとうとし始めた。
 彼のベッドの上には、壁紙が張ってある。りんご柄の壁紙は、古くなってめくれている。地下室の窓から漏れる街灯の灯りに、冬のりんごの枝の影が揺れている。その影は、みずからの裸を覆い隠すように、壁紙の綻びと綻んだりんごの花を手探りしながら、揺れて定まらなかった。

文/訳 末延弘子 レーナ・クルーン著『蜜蜂の館』(2006)より


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