KIRJOJEN PUUTARHA
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Pereat mundus    原書名:  Pereat mundus. romaani, eräänlainen
 (ペレート・ムンドゥス ― ある物語)
 作者名:  Leena Krohn, 1947~
 レーナ・クルーン
 出版社 / 年:  WSOY / 1998
 ページ数:  302
 ISBN:  9510230057
 分類:  小説
 備考:  Hotel Sapiens
 Auringon lapsia
 Kotini on Riioraa
 蜜蜂の館
 ペレート・ムンドゥス ― ある物語
 Mehiläispaviljonki. Kertomus parvista
 Unelmakuolema
 Sfinksi vai robotti
 ウンブラ-パラドックス資料への一瞥
 タイナロン-もう一つの町からの便り

【要約】

世界の終末を危惧しかねない不安要素が36章にわたってちりばめられた同作品には、ホーカンという同名の主人公たちが登場する。テロの危険性、人間を追い越しかねない超人的知能AIの目覚しい発達、崩壊するモラル、シンギュラリティーへの不安、キメラを実験台にする人間たち、絶滅危機にあるカエルたち、幻覚作用をもつヒヨスの栽培をする市民たち、低温保存で人体を凍結・保管する団体の存在。そんな不安要素をホーカンたちが淡々と体験してゆく。そして、そんな不安や恐怖を抱えた患者たちをインターネットで診るフェイクラブ博士も、もう一人の主人公だ。『ペレート・ムンドゥス』は、未来予想図となりうる数多くの選択肢を含んだ社会風刺であり非理想郷であると同時に、現代に警鐘を鳴らしながら未来の可能性を訴える作品だ。

【抜粋訳: pp.193-198 】

怪人21面相

フェイクラブ博士のもとに、ある患者が新しくやって来た。「ヘビースモーカー」と名乗り、禁煙に踏み切りたいと願うニコチン中毒者だ。何通かやりとりをしたあとで、煙草漬けの人に言っているお決まりのアドバイスを与えた。するといきなり、ヘビースモーカーは国際政治の一般現状について分析し始めたのだ。近い将来、事態はさらに厳しいものになり、自由市場経済に予期せぬ崩壊が訪れるとか、11回目は危ないとか言うのだ。ある言い回しにどうも引っかかってしまうのも、聞きなれた言葉のように聞こえるからだ。

「しごく当然の流れです。この町に酸素バーができて、我々が吸っている空気を買わなければならなくなるのも時間の問題です。金持ちはゆとりがあるのでしばらくは凌げますが、いつかは呼吸するという単純な基本的人権すら金では買えなくなります」と、ヘビースモーカー。

「喫煙者の方々は、お金をドブに捨てる習慣だけ止めさえすれば、何の苦労もなく無料で新鮮な空気をもっと吸うことができるんですよ。禁煙する前に、大気汚染についてだらだらと悩むのは徒労です。ひょっとして、あなたは私のお客さんではありませんでしたか?」

男性は質問を避けてこう書き続けた。

「男性の精液の質が近年になって世界的に落ちてきていることは明らかです。フタル酸や多塩素処理されたポリ塩化ジベンゾパラジオキシン、それに有機性のスズ化合物といった毒性を持った化合物が原因でしょうね。人体に入ってしまうとホルモン作用を引き起こし、その結果として治る見込みのない不妊や人類の滅亡を招きますよ」

「ヘビースモーカーと名乗るホーカンさん、私たちは以前にもやりとりしていましたね。今回もやりとりは長続きしそうにありません。以前にも申し上げましたが、あなたのご相談はお引き受けできません」と、博士は書いた。

それから、ヘビースモーカーからはなんの音沙汰もなかった。

しかし5月になって博士が休暇に入る前に、「世界インフレ」からメールが届いた。

「先生はセラピストとして、患者と一緒に将来について真剣に話し合う責任があるということを、意識していらっしゃいますか?まもなく始まる大惨事に備える必要があるんです」

次に何を書いてくるかピンときた。そして、二通目で博士は確信した。

「超重量の素粒子の塊のごく小さな変化ですら、過激な影響を与えかねません。元素はすべて放射性を帯び、人間もそうなることは間違いありません。死亡数は十億単位に上り、生命連鎖は危機にさらされます」

「あなたはもう何通もメールを寄こしていますね。間違いありません。以前は、ホーカンという名前で連絡を取っていませんでしたか?ヘビースモーカーと名乗っていたこともあったでしょう?」と、博士は世界インフレに問いただした。

男性は冷淡にも質問をあしらうと、お馴染みになったテーマに少し手を加えながらこう続けた。

「じきに我々はお門違いの空間にいる自分に気づくかもしれません。考えるのも恐ろしい。我々が生活している宇宙はなんの前触れもなく消滅することだってあるんですよ。本物の宇宙空間に泡ができれば、の話ですけど。この泡は、光の速度で広がって私たちの銀河を貫通し、ぐんぐん突き進んでいくかもしれないんです。そうなると、生活条件は180度変わってしまいます。生態の大惨事について極端に話しますと、我々が知っている化学と物理学の法則はもはや効かないということです。学んできた生活はできなくなります」

「世界インフレと名乗るヘビースモーカー、別名ホーカンさん。私自身、お門違いの空間にいるような気がしています。世界終末幻想をまだ押しつけるようでしたら、業務妨害で訴えますよ。もう連絡を寄こさないでください。さもないと、あなたの経済的な未来はないも同然ですよ。考えるのも恐ろしい!」

それから世界終末戦線は鎮まっていたものの、今度は「怪人21面相」が現れた。

「食事に対して強迫観念があって、それから解放されたいんです。僕はチョコレートに特別関心を寄せています。板チョコ、チョコバー、ミルクチョコ、ビターチョコ、ミントチョコ、ココナッツチョコ、チョコでコーティングされたボンボン、とにかくチョコならなんでも。お店に行くと、在庫調べでもするかのようにチョコのパッケージや包装紙をチェックして回るんです。どうしてだか分かりますか?どんなパッケージだったら、より簡単に目を盗んで注射器を差し込めるかチェックしてるんです。想像してみてください!先生は、こんなケースは扱ったことはありますか?ここから程遠い極東で起こったことが、ここでも起こり得るんですよ。予告もなしに」

極東で?何が起こっていたんだ?いつ?博士に悪寒が走った。送り主の名前には最初ぎょっとしたけれど。

「もう少し詳しく、そのあなたの強迫観念についてお話ししていただけますか?私はその方面に詳しいんですよ。いろんな食品や食事に関連した弊害に。あなたのお力になれると思います」

博士は怪人21面相の情報を探り始めた。そして、同じようなテロリスト集団が日本に存在していたことが明らかになった。店に並ぶチョコレート食品に青酸カリを入れたというのだ。消費者には予め注意が与えられていたものの、誰の仕業なのかは分かっていなかった。毒入りパッケージは発見され処分されたので、経済的な損害は少なくて済んだ。

怪人21面相は博士の申し出に応えなかった。男性は無害なケースかもしれない。だが、確信は持てない。メッセージは匿名希望のホットラインに送られてきたため、男性のメールアドレスがつかめなかった。法的処置を取るべきなのであろうが、その前にもう少しこのケースを知っておきたかったのだ。

「個人的にあなたと会って話がしたいんです。今週にでも事務所に来ることはできますか?」と、博士は再度送った。

返答はない。怪人21面相は頑として沈黙を押し通している。博士の生活に恐怖が忍び寄ってくる。

まず、怪人21面相は実際にはホーカンではないかと疑いを持った。次に、チョコは博士の好物で、たいがいお昼を食べたあとはココナッツ味のチョコバーを買いに売店に行く。コーヒーを飲むよりも優しくお腹を刺激してくれるからだ。売店でチョコレートを買おうとすると、ふとためらって、サルミアック飴を選んだり夕刊だけ買ったり、何か別のものを買うようになってしまった。

博士の中で何か恐怖症のようなものがあるとすれば、まさしく食品に関わるものだろう。何があろうとも食中毒なんかで命を失いたくはない。

博士の大腸は荒れていて、下痢や便秘に悩まされている。それで、牛乳パックやインスタント食品の賞味期限にうるさいのだ。賞味期限が切れる前日には捨ててしまう。

コーヒーに少し注ぐ前に、開けてしまった牛乳パックの匂いを嗅ぐ。前の日に買ったばかりだと知っていながら、カビが生えていないかどうか舐めまわすようにパンを調べる。

キノコ食品はできるだけ食べない。シャグマアミガサダケは絶対に口にしない。流しの蛇口にはフィルターを取りつけ、有害物質を99パーセントの確率で浄化している。

それでも、残りの1パーセントにどれほどの恐ろしい被害が潜んでいるかと考えずにはいられない。

だが、チョコレートのことはまったく頭になかった。人生の喜びはもはや持ち去られてしまった。腹立たしくて非道だ。陳列棚に青いパッケージのミルクチョコを見て唾液が出てきたとしても、もう口にしようとはしない。

この慎ましく純真な官能の喜びは、怪人21面相によって、さらに悪いことには忌々しい悪のワタリガラスのようなホーカンによって奪われてしまったのだ。

文/訳 末延弘子 レーナ・クルーン著『ペレート・ムンドゥス ― ある物語』(1998)より


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