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Hirvi    原書名:  Hirvi
 (ヘラジカ)
 作者名:  Sari Peltoniemi, 1963~
 サリ・ペルトニエミ
 出版社 / 年:  TAMMI / 2001
 ページ数:  180
 ISBN:  9513122247
 分類:  児童小説
 備考:  2004年度のIBBYオナーリスト賞受賞作
 Kerppu ja tyttö
 Ainakin tuhat laivaa
 Löytöretkeilijä Kukka Kaalinen

【要約】

宮廷でお抱えたちにかしずかれながら、蝶よ花よと育てられたウルスラ姫。おしゃべり相手は反抗しない召使いばかりで、友人と呼べる人は一人もいませんでした。18歳の誕生日に思うこと、それは、いずれは父である国王の決めた相手と結婚し、束縛された人生を送るであろう自分の未来でした。その憂いから、ウルスラは宮廷の舞踏会で出会った若い兵士と一夜を過ごして身ごもってしまい、国王をひどく怒らせてしまったのです。そして、ウルスラは人里離れた森の奥地へ追いやられ、魔女の家と呼ばれている貧相な小屋で息子のヘラジカを出産することになります。

生活するうえでのイロハも知らなかったウルスラを助けたのは、魔法使いヤナギ、賢者クサリヘビ、老ナナカマド、森の覇者マツといった森の世界の住民たちでした。そして、夢の中にたびたび現れる戦死したヘラジカの父親の力を借りながら、ウルスラは生きてゆくことの経験を積んで成長していきます。また、類稀なる才能を見たヘラジカに、賢者クサリヘビは人間と森の言葉の力を与え、ウルスラはヤナギの手ほどきを受けて、最後の頼みで訪れてくる人間たちを治すことになります。

やがて、ヘラジカは障害をもったコウモリ少女と出会い、敗北して国民の非難に苦しむ国王は戦争で両親を失ったスズメ少年に出会い、偏見の視線を浴びながら人を愛するということを学びます。一方、ウルスラは蔓延した伝染病の原因だとして魔女狩りに遭い、陰鬱な敗戦のカタルシスの犠牲となって火刑に処せられてしまいます。人間界には人間界のルールがあり、森には森のルールがあり、その狭間を行き来するヘラジカに託された役割とはいったいなんでしょうか?そして、ウルスラと父の関係ははたして修復されたのでしょうか?  

物語は、ウルスラとコウモリ少女という二人の人間の視点から客観的に展開していきます。生きることとは?死ぬこととは?人間や自然の価値は計れるものでしょうか?同作品は児童書として扱われていますが、臆することなく現実を語り、隠すことなく原因がもたらした結果を呈した大人向け作品としてしても読みごたえがあります。本書は2004年度のIBBYオナーリスト賞を受賞しました。

【抜粋訳: pp.75-79】

秋がふたたび巡って来るころには、ウルスラは魔法使いのヤナギのもとでたくさん手ほどきを受けていました。ところが、ヤナギはなにからなにまで教えるばかりではいけないと言います。自分で考えなくてはならないこともあれば、息子のヘラジカから教わることもあり、あるいはウルスラがヘラジカに教えてあげなくてはならないこともあるというわけです。
別れ際に、最後の助言ともとれそうな事柄についてヤナギが言うので、ウルスラは心配になってきました。
「行ってしまうの?」
「まさか。ただ、事態が変わったんだから、今みたいにそうしょっちゅうここに来ることはできないね」
「じゃあ、人間を呼んで治療を始めるってこと?まずは練習かなにかできないのかしら?」
「なにを練習台にするつもりだい、お姫さま」
ヤナギはいかにも難しそうな表情を浮かべました。ヤナギがウルスラをお姫さまと呼ぶときは腹を立てているときなのです。ところが、ウルスラはそんなことに気づかずに、もの思いに耽りながらこう答えました。
「まずは、病気にかかった動物を治したいわ」
ヘラジカはテーブルに着いてキノコを食べていましたが、飛び上がるように立ち上がるとかばうように母の前に立ちました。そして、ヘラジカはヤナギのほうへ制止するように手を載せました。
「動物は実験台にしちゃいけない。自分の傷を癒すまでは、一匹の子ウサギであっても、モグラであっても、テントウムシですら、あんたに渡さないよ」と、ヤナギはできるだけ穏やかに言いました。その言葉にウルスラはびくっと驚いて、頭に血が上ったようにこう聞き返しました。
「あなたにとって動物は人間よりも大切なの?」
「あたしはね、生きているものに優先順位なんかつけないんだ。あんたもそんなことするんじゃないよ」
そう言うと、ヤナギはさよならも言わずにその場を後にしました。ヘラジカの視線は母親を責めているようでした。
「ヤナギは普通の人間のように物事を考えないんだってことをわかっておくべきだったわ」するとヘラジカは頭をぶんぶん回すと、自分とヤナギが開け放ったままのドアを指さしました。
「なにが言いたいの?」
ヘラジカはその動きを繰り返すと、さらにウルスラも指さします。
「つまり、ヤナギはわたしたちとは違うって言いたいの?そんなことは、もちろん前からわかっていたわ」
するとヘラジカは最初は嬉しそうにコクコクと頷いていましたが、ふたたびさっきの行動を繰り返すのでした。ウルスラにはヘラジカの気持ちがわかりませんでした。
それから数日経って、ヤナギがやっと家に戻ってきてくれたときには、なんでもなかったかのように話し合いが進みました。
「あんたは人間を治すんだよ。動物のお医者さんじゃないからね」
「じゃあ、だれが動物の世話をするの?」
「この森では、人間の世話になることはないよ。ヘラジカの考えは違うようだけどね」
ヤナギがいない間、ウルスラはあることを思い出していました。そして、勝ち誇ったようにこう聞いたのです。
「それじゃ、どうしてあなたたちはわたしが動物を食べることになにも言わないの?」
ウルスラはヘラジカを身ごもっているときに、小屋の近くでローストされた肉を発見したことがありました。
「動物の多くが動物を食べるように、あんたがた人間も動物を食べているってことだよ。ただし、あんたのためにウサギや鳥を殺してやったわけじゃない。ハンターの罠にひっかかって死にそうだったんだ。苦しむことなく即死するようにあんたが捕まえるんなら、動物を食べたっていいさ」
「あたしは狩りなんて始めないわ。ヘラジカが許さないもの」
「そうそう、この子はヘラジカだった。オオカミでもクズリでもなかったね」
「わたしが動物で練習したいって言うと、あなたはどうしてそんなにも腹を立てるの?動物たちにとっても好都合だと思うけど」
「動物たちにとっていいんなら、なんで人間でやらないんだい?」
「カラスやリスが死ぬことよりも、人間が死ぬことのほうがひどいとは思わないの?」
「思わないね。あたしはヤナギなんだ。森の住人さ。もしあんたがここに残るつもりなら、あたしの前で頭を下げるんだ。もし木を倒すなら、木から許しをもらうんだ。鳥の巣から卵をもらうなら、お願いするんだね。アリの前でだって、あんたは頭を下げるんだ。あんたはここじゃ支配者なんかじゃないんだよ。
あたしたちを良く扱ってくれるんなら、どんなことにだって協力してやるよ。ほかの人間だって助けてやるさ。でもね、森はあたしたちの国なんだってことを一人だって忘れちゃいけない。ここでは生きとし生けるものみんなが、あんたの昔の国の人間みたいにとっても大切なんだ」
ウルスラは受け入れることができませんでした。というよりも、ヤナギの言っていることがきちんと理解できませんでした。けれども、こう約束しました。
「あたしはここに残るわ。息子と一緒にいたいの」
「よし。そう決めたからには、あんたがずっと知りたがっていたことを教えてやらなきゃいけないね」
ウルスラは嬉しくなりましたが、それと同時に恐怖が募りました。はたして自分は、ヤナギが暗に言っていた森の住人に受け入れられるののでしょうか。もし取るに足りないものとして扱われたら?こんなふうに考えるのも、彼らにとって蚊よりも大切なものなんてないということを聞いていたからです。
「いつごろ?」
「月がふたたび丸くなったら」
ヤナギは眉をひそめながらも、こう約束してくれました。
「まあいいさ。助言が要るときは、もうあたしに許可を請う必要はないからね」
「ある人が言っていたんだけど、あなたが彼を呼ぶ手伝いをしてくれるって」
「だれだい?」  ヤナギですら、すべてを知っているわけではないようです。
「ある男性よ。彼はもう、ここにはいないわ。死んだの」
「死人を呼ぶのは危険を伴うよ。あまりにも一緒にいすぎたり、頻繁に会っていたりしたら、あんたを連れていきかねない」
「まあ、どうしよう。でも、彼はそんなこときっとしないわ。絶対」
「それは彼の意志とは関係ないんだよ。そうなるべくしてなるんだ。でも、あんたが望むなら、手伝うよ」
すると、乾燥したシダの根を燃やしてベニテングタケの粉末を煙に振り撒く方法を、ヤナギがウルスラに見せてくれました。このつんと刺すような煙を吸い込んで、はるか黄泉の国まで届くまで招きの歌を歌わなくてはならないのです。
「煙はあんたのために、歌は呼びたい人のため。ヘラジカがいないときを選ぶこと。男には、あんたの魂が連れていかれないように長居しすぎないように言うこと」
「もし連れていかれることになったら?」
「あたしたちの力はそこまで及ばない。いったんそこに姿を消してしまうと、もう出られないよ」
「でも、あたしに呼ぶ方法を教えてくれたんだから、あなたはあたしを呼ぶことはできるでしょ」
「そりゃできるけど、あんたは永遠にはここにいられないってことはわかってるね」
「それでも、なにかが起こったときにはあたしを呼んでほしいの」
「約束するよ。さあ、立って。今日はナナカマドの実を摘む日だよ。あんたがやると時間がかかんるんだから、さっさと仕事にとりかかりな」

文/訳 末延弘子 サリ・ペルトニエミ著『ヘラジカ』(2001)より


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