【要約】
宮廷でお抱えたちにかしずかれながら、蝶よ花よと育てられたウルスラ姫。おしゃべり相手は反抗しない召使いばかりで、友人と呼べる人は一人もいませんでした。18歳の誕生日に思うこと、それは、いずれは父である国王の決めた相手と結婚し、束縛された人生を送るであろう自分の未来でした。その憂いから、ウルスラは宮廷の舞踏会で出会った若い兵士と一夜を過ごして身ごもってしまい、国王をひどく怒らせてしまったのです。そして、ウルスラは人里離れた森の奥地へ追いやられ、魔女の家と呼ばれている貧相な小屋で息子のヘラジカを出産することになります。
生活するうえでのイロハも知らなかったウルスラを助けたのは、魔法使いヤナギ、賢者クサリヘビ、老ナナカマド、森の覇者マツといった森の世界の住民たちでした。そして、夢の中にたびたび現れる戦死したヘラジカの父親の力を借りながら、ウルスラは生きてゆくことの経験を積んで成長していきます。また、類稀なる才能を見たヘラジカに、賢者クサリヘビは人間と森の言葉の力を与え、ウルスラはヤナギの手ほどきを受けて、最後の頼みで訪れてくる人間たちを治すことになります。
やがて、ヘラジカは障害をもったコウモリ少女と出会い、敗北して国民の非難に苦しむ国王は戦争で両親を失ったスズメ少年に出会い、偏見の視線を浴びながら人を愛するということを学びます。一方、ウルスラは蔓延した伝染病の原因だとして魔女狩りに遭い、陰鬱な敗戦のカタルシスの犠牲となって火刑に処せられてしまいます。人間界には人間界のルールがあり、森には森のルールがあり、その狭間を行き来するヘラジカに託された役割とはいったいなんでしょうか?そして、ウルスラと父の関係ははたして修復されたのでしょうか?
物語は、ウルスラとコウモリ少女という二人の人間の視点から客観的に展開していきます。生きることとは?死ぬこととは?人間や自然の価値は計れるものでしょうか?同作品は児童書として扱われていますが、臆することなく現実を語り、隠すことなく原因がもたらした結果を呈した大人向け作品としてしても読みごたえがあります。本書は2004年度のIBBYオナーリスト賞を受賞しました。
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