KIRJOJEN PUUTARHA
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独立期~第二次大戦までの文学 |
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新ロマン主義19世紀末ロシアの圧制が強化する中で、フィンランド国民は民族のアイデンティティーを再び昂揚し始めました。同時に社会の急速な近代化は個人概念を強固なものにし又スウェーデン系フィンランド人はフィンランド人から離れて独自路線を 引き社会の個別化が起こりました。つまり、集団主義と個人主義が混在した社会を形成していったのです。「二つの大海流が我々と向き合う。民族と個人は冷ややかに至上権を争っているのだ。」と詩人エイノ・レイノが『フィンランドの作家達』(1909)に記す様に民族主義と個人主義の対峙は文学上にも強く反映されています。 この矛盾の解決策として、ユハニ・アホの後期作品に描かれるように民族性に理想を置きながらも、キリスト的な教義を取り入れ、集団と個人の融合を図っています。つまり、フィンランド文学は終焉と黎明が共存し、新たなる美を捜し求めたのです。物質文明が社会を彩る一方で、人間を解放するような夢と精神世界が必要とされました。このような精神世界の高揚に沿ってロマン主義が再起します。この新ロマン主義の要素はニ面的です。 まず、過去や異国に向ける憧憬や懐古に重きを置く方向性、一般的にこの流れを民族的新ロマン主義と呼び、個人としての新たなフィンランド人像を求めだしました。次に象徴主義やデカダンスが混ざり合い、違った角度から心理や世界観を模索し始めるようになりました(事項参照)。 前者でフィンランド東部カレリア地方は、芸術家の拠り所となり、カレリア地方に赴く人々は失われた郷愁に魅了されました。レンロートがかつてカレリア地方に民族性を求めたように、カレリア地方から現代生活の選択肢を探求したのです。この芸術思潮はカレリアニズムと称され『カレヴァラ』がこの時期に注目を浴びるようになりました。このようなカレリアニズムへの経緯を、エイノ・レイノは『フィンランドの作家達』の中で結晶化させています。
レイノの『聖霊降臨祝歌』(1903)はバラードと伝説から成る叙事詩です。カレヴァラ韻律を僅かに現代化し、例えば対句などを除去しました。しかしながら、フィン・ウラル民族の古代に物語を置くなど過去への遡及も試みています。人間の性質や運命に重点を置き、人間らしさを追求した『聖霊降臨祝歌』は繊細な枠組みにも関わらず、そのテーマは普遍的で時代を超越した作品です。 また、カレヴァラをモチーフとしたフィン族の変遷を語る寓話『大きな樫の物語』(1896)もレイノは書き残しています。大きな樫の木はスウェーデン人であり、その陰で悄然としているのがフィンランド人を表現しています。陽光がフィンランドに射し込んでくるためにも、この木を倒す男が必要なのです。すなわち、スウェーデン性とフィンランド性の闘争がこの物語の核となっています。過去に対するレイノの考え方は理想的であり、また美学的です。レイノにとって文化は重要な位置を占めます。 カレヴァラの昂揚は20世紀初頭に衰退しますが、重要な点はフィンランド性とスウェーデン性の論争にあります。フィンランド人は実用的な労働国民である、とスウェーデン語派が批判すると、フィンランド人はカレヴァラに教養面を見出しながら批判を覆したのです。レイノ以外にも例えば、ヨエル・レフトネンが『ある夏にて』(1917)の中で、後期カレリアニズムの風刺としてヴァイノ・ボングマンなる人物を登場させています。ボングマンにカレリアニズムの崇拝者と政治的な実践主義者を共存させているのです。 |
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