【抜粋訳: p.11】
木がゆさりと揺れだした。どこから風がふうっと吹いて、どこへみぞれを運んでゆくのか、うす暗くてわからなかった。駅の建物のむこうの北のほうから列車といっしょにきたんだとおもう。こんな風が海のうえで吹いていたら、ぐんぐんと船は進んでゆくんだろうな。
木は知っていたのよ。コクマルガラスが去ってしまったってことを。それで、さよならのつもりで手をふっているんだわ。だから、わたしも念のために手をふるの。
さみしい。わたしのなかで、その気持ちがない場所なんてない。いちばん強く感じる部分は、服のなか。でも、そのどこにあるのかはっきりとはわからない。ときどき、のどをや耳がちくりと痛くなる。めいっぱい走ったあとに感じるような痛み。のどはなんだか厚くなった感じがするし、耳はひりひりする。
さみしい気持ちがいちばん感じる場所は、だれも知らない。おかあさんにもその場所があるの。おかあさんが抱っこして話してくれたとき、わたしはなにも答えずに、じっと耳をすましていたわ。抱っこされていると、目に見えないその場所がだんだん小さくなっていったの。
|