【抜粋訳:pp.249-256】
「エティアイネンって呼ばれていてね、先のことを予知できる人は、サーメじゃあっちこっちにいたわ。まるで電話が鳴るみたいにわかりやすくて鮮明だったって、アスラグおばあちゃんは言ってたかしら。いきなりドアがギィと開いたり、物が棚からポトンと落ちたりするでしょ、そしたら、おばあちゃんはシーツを風通して、ベッドメーキングして、コーヒーを沸かして、塩漬けしておいた保存肉を水でもどして、そうこうしているうちに、だれかが来るの。それだけ。ドアを開けながら、来ると思ったっておばあちゃんは言うだけ」と、アイラが言った。
「すごいわねぇ。それがこんな大都会のどまんなかでも起こってるなんて」と、アイラの家に遊びに来ていたレイラカイサが感心したように言った。
「はやまらないでよ。だって、潜在的に起こってることかもしれないじゃない。主人のヘンッカが、会議が早く切り上げられることについて、なにかのついでに言って行ったのかもしれないし。それに、あたしは彼のフライトの時刻も暗記できるくらい何度もチェックしてるのよ。だから、そういった情報が無意識にくっつきあっただけで、ヘンッカが乗ってくる飛行機が推測できたのよ。人間の脳の働きっていうのは見当がつかないこともあるわ」
「じゃあ、あの音は?まるでドアが動いたみたいだったじゃない」
「気圧の変化よ。二階には通気孔が閉まっていたわ。そのせいよ」
(・・・)
「あたしはただヘンッカがもうすぐ帰ってくるって知ってるだけ。玄関がギィと軋んで、カチャリと鳴って、だれかが鍵を鍵穴に入れたみたいな音がして、ドアがわずかにぐいっと押されたような感じ・・・、というか空気が部屋のなかをすうっと通りぬけたような・・・というか、笑わないでよ、もう。それで、あたしはコーヒーメーカーのスイッチを入れるのよ。たまにキッチンの窓からだれかの影を見るときもあるわ。レイラカイサも覚えてるでしょ、玄関脇にちらりと見えた人影。だれかがささっと表で動くと、直感的にはっとして視線をあげるのよ」
「ワオ。アイラはエティアイネンを見たこともあるわけね!」
アイラは遠慮がちに微笑むと、肩をすくめた。
「空を飛んでる鳥の影だったのかもしれないわ」
「なんであれ、少なくとも偶然ではないわ。もう一回でも起こったら、まちがいないわね。(・・・)あたしには持論があるの」
「どんな理論よ」
すると、レイラカイサは夢見るようなうっとりした表情を浮かべてこう言った。
「あなたたちの愛よ」
アイラはなにも答えない。
レイラカイサの目は潤んできらきら光っている。
「だから、ヘンッカが帰ってくるときがわかるのよ。ヘンッカのときだけ。二人の間には自然の摂理すらも越える情熱があるんだわ」
マグカップの底にはほとんどコーヒーは残っていなかった。陶器のカップは緑色を帯びてずっしり重たく、汚点ほどのわずかなコーヒーを、アイラは何度も何度もスプーンでかき混ぜた。
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