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Suljetun paikan lumo    原書名:  Suljetun paikan lumo
 (閉じ込められた魅惑)
 作者名:  Anna Maria Mäki, 1976~
 アンナ・マリア・マキ
 出版社 / 年:  TEOS / 2005
 ページ数:  138
 ISBN:  9518510342
 分類:  小説
 備考:

【要約】

わたしたちがふとしたことで抱く恐怖はどこにでも潜んでいます。

 パニックという恐怖。不意の出来事に遭遇する恐怖。無防備という恐怖。予期できない恐怖。嫉妬という恐怖。羞恥心という恐怖。そして、虚像を壊す恐怖。

マキの処女小説『閉じ込められた魅惑』では、こういった恐怖が、人物や情景のディテールを通して拡張し、力強い現実となって眼前に迫ってきます。人は、自分のなかでコントロールできる不変なものに安心を覚えます。その安心はコントロール不可能な事態のなかで恐怖へと変わり、恐怖を感じることによって、自分の存在をあらためて強く考えることになります。はたして、恐怖によって人はどのように自分の存在を意識し、どのように乗り越えていくのでしょうか。

見ず知らずの男性と停電したエレベータに閉じ込められた女性はなにを感じるのでしょうか。子育て中の母親が、せめて6時間の連続した睡眠を望むの理由は?キャリアウーマンのたった一度の失敗は、彼女をどう変えるのでしょう。

マキの研ぎ澄まされた精緻な言葉は、水を吸い上げる植物のように生き生きとし、綻ぶ花のように読者に語りかけます。

【抜粋訳: pp.104-107】

目覚めると、日は高く上っていた。イェンニは気持ち良さそうに伸びをする。すると、ベッドの向こうの壁に手があたった。壁はひんやりと冷たい。ふたたび目を閉じて、ごろんと横になる。しばらく枕に頬をうずめて、かっと目を見開くと、バネがついているかのようにがばっと跳びあがった。お腹のあたりで身震いするような恐怖が走る。今日は金曜日だった。オフィスに行ってないといけないのに、太陽は燦々と照っている。慌てて電話を手にとると、寝ている間にバッテリーが切れていた。気持ちを抑えきれずに壁に投げつけると、バッテリーが外れて、床の上に勢いよくばらばらに散らばった。ベッドから急いで駆け寄って、震えながらはめ直してみる。けれど、電話はうんともすんとも言わなかった。

クローゼットから替えの下着をとってバスルームに向かう。熱いお湯で体を洗い流しながら、どうするべきか考えた。いったいどうしたらいいんだろう。遅刻しなくても、職場の雰囲気はピリピリしているっていうのに。上司のヒッレヴィがまたヒスを起こすだろう。目が沁みる。石鹸が目に入ったんだろうか。怒鳴っているヒッレヴィの姿が見える。なにを言っているのかわからないくらいに耳元で声が鳴り響く。ヒッレヴィの黄ばんだ歯と舌が目の前で揺れる。イェンニはじっと黙って、これ以上事態が悪化しないように小さくなっている。平謝りに謝り、今後はこんなことがないよう十分に気をつけますと約束する。叱られたイェンニは自分のデスクに着く。なにも考えない。なにも考えられない。頭のなかは空っぽで真っ白だ。

タオルは元気になれそうなほど柔らかい。でも、実際はそうじゃないということがイェンニにはわかっている。トイレに座って力んでみたけれど、無駄だった。パンツを上げる。ブラジャーを前で留めて、くるりと後ろに回し戻す。キッチンに向かって、冷蔵庫からオレンジジュースをとると、パックのまま飲んだ。バニラクリーム入りのココアクッキーを半分かじったところで、喉に栓が詰まったように感じた。飲み込もうとしても栓はつかえたままで、残りの半分はゴミ箱に捨てた。ジュースもなかなか通過しなくて、パックを冷蔵庫に戻した。服を着替えようと屈むと、喉の詰まりにムカムカして呼吸するのも大変だった。

(・・・)

病院の診察室は廊下と同じくらい消毒臭かった。疲れきった表情の医者が手を差しだして、イェンニと気だるそうに握手する。そして、青いビニール椅子を指さすと、イェンニはそこに腰かけた。

「どうしましたか?」

そう聞く医者に、イェンニは詰まりを訴えた。息をするのも辛い。医者が冷たい指を首にあてて触診すると、ランプの明かりで喉を診た。すると、排便が上手くいっていないとイェンニが言うので、診察台に横になるように言われた。医者は腹部を押さえると、ズボンを脱ぐように言った。イェンニはズボンを脱いで横になる。医者が肛門ノズルを押し込んで、スイッチを入れる。いっぱいになった容器を見て、医者は目を丸くした。

「大便が12キロ。おじょうさん、新記録ですよ。最近、若い女性の間でよく見られる傾向なんですよね。気持ちを楽にして。なんでも中に溜めこまないようにしてくださいよ」

文/訳 末延弘子 アンナ・マリア・マキ著『閉じ込められた魅惑』(2005)より


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