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Siivekäs vahtikoira    原書名:  Siivekäs vahtikoira
 (天使の手)
 作者名:  Terhi Utriainen, 1962~
 テルヒ・ウトゥリアイネン
 出版社 / 年:  Teos / 2007
 ページ数:  167
 ISBN:  9789518510928
 分類:  小説
 備考:  

【要約】

 死にゆく白髪の女性アリナと年若い女性カメラマンのカイサは契約を結ぶ。カイサは、アリナを説得し、死期をともに過ごしながら、その最期の日まで写真に収める承諾をえた。
 人は、いかにして生を記憶に留めるのだろう。そして、なぜ、留めたいと思うのか。
 カイサは写真を撮ることで、アリナのすべてを映したいと思う。絶えずシャッターを切って、瞬間をとらえることが、アリナの存在の証でもあり、また、シャッターを切るカイサの存在の証にもなりつつあった。
 なにものをもおそらく絶対的でない。時間も、尺度も、流れも。見えたものはアリバイという幻影にすぎず、とらえられないからこそ、なにかのかたちに表したいのかもしれない。
 写真によってかたちをとらえようとするカイサとアリナに、そっと寄り添う天使がいる。天使は、見ることも触れることもない傍観者ではあるけれど、その存在は、ふたりの生を絡ませ、導き、触媒する。
 時空を超えた現実らしい存在をたよりに、ふたりは現実に向き合い、死に向き合う。
 死に至るアリナは、はたしてなにを見たのだろうか。そして、それに関わるカイサは、なにを経験したのだろう。
 とらえられない生の瞬間は、なにかがただ死んでゆくだけではない。なにかが生みだされ、新しくなる瞬間でもある。

【抜粋訳:p.12-13】

 ガンはアリナの内蔵をただひたすら蝕んでゆくだけなのだろうか?これ以上生命をつかまえておけなくなれば、彼女はきっと、おのずから内側から空っぽになってゆくだろう。咳をするたびに生命はじわりと逃げ、もう内に留まっておれない。カイサは、外側からの変身を写真に撮るつもりだ。痛みを抑えようとする目を、くたびれ萎えてゆくその肌を。
 カイサはただ、確信をもって撮りたいだけだ。撮りたい、撮りたい、撮りたい。
 言葉がこめかみで脈を打つ。それしか、彼女を打つ拍動は、今はない。

文/訳 末延弘子 著『天使の手』(2007)より


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