【抜粋訳:p. 17, 18, 19】
p.17
原子、僕らの友だち
原子は見えないのに、原子の存在を僕はなぜ信じているのだろう。神だって目に見えないから信じていない。僕が目にするものはすべて原子でできている。一方で、僕が目にするものすべては神が創造したものだ。原子は神のように慈悲深くない。原子は何十億とある。神もおそらくそうだろう。きっと神の姿を見ることもあるだろうけれど、僕に神が見えたとして、はたして僕は神を信じるだろうか。僕は決して無愛想でも無関心でもない。クールで熱い。今まで生きてきた人生で、神のことはたくさん思ってきたけれど、原子のことになるとさっぱりだ。ここに存在する原子は、僕が閃いたものではない。僕に教えられたものだ。ここに存在しない神だって、教えられたものだ。それなのに、僕は神を頭のなかで考えてきた。神は閃きであって、脳の活動だ。それでも存在する。もし、神が物質的に存在していたら、神を認識できないし、神は存在しない。他人の信心のなかで僕は生きない。僕が死んだら、僕の肉体はばらばらになる。他の人がなにを信じようが僕は存在しない。僕は原子を借りている。おそらく神が僕に貸してくれたんだ。そうすれば説明がつく。神は宇宙の原子バンクだ。原子は、形だけの遠い友だちだ。ほんとうに原子は存在するのか、そんな官能的な夢に僕はもっと躍起になる。
p. 18
果てしなく成長できるものなんてない。少なくとも宇宙より速くは。結局、宇宙はとてもゆっくりと膨張している。人間が生きるよりゆっくりと、投資金が結果を出すよりもゆっくりと。もっと速いスピードで膨張すれば、みんな宇宙に投資しているのに。
宇宙を超えられるものなんてないけれど、そういうのもあると信じたい。成長は永遠だと信じたい。目の前で有機物が生まれ、成長し、枯れて、死んでゆく。無機物は生まれもしなければ消えもしない。だから、有機物は成長し、減少し、成長し、ふたたび減少するものだと僕らは思っている。ところが、死んだものは、ひたすら成長し、前進し、成長し、前進して、僕らはそこから宗教をつくってしまう。永遠の眠りに就いたものは永遠に生きつづけ、利子を上げる。刹那を生きている僕たちは、自分たちが死ぬ前に利子をはじき出しておきたい。あらゆるところに入りこんで、どんどん膨らみつづける生命のない成長に窒息死してしまう前に。
神の慈悲から果てしなく成長するものが一つある。それは、宇宙よりも速く膨張する。僕らの愚かさだ。僕らはそれすら気づいていない。そこに慈悲がある。幸いにも僕らは盲目だ。もし目に見えていたら、僕らは狂ってしまう。僕らは愚かであって、まだ狂っていない
そう信じている、そう信じたい。
p. 19
毎日毎日 洞窟に落ち葉が集まってくる
毎夕毎夕 葉っぱの山を気に入った形に整えるのも辛くなる
毎晩毎晩 寝苦しくなる
洞窟が落ち葉でいっぱいになって どうにも眠れなくなると
木の根っこでまんじりともせずに ちくちく刺さる針葉樹のうえに横になる
星はなんて煌々としているんだ 夜鳥の叫びはなんて神秘的なんだ
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