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Maskuja    原書名:  Maskuja
 (マスクたち)
 作者名:  Mirkka Rekola, 1931~
 ミルッカ・レコラ
 出版社 / 年:  WSOY / 1987, 2002
 ページ数:  144
 ISBN:  9510272825
 分類:  散文詩集
 備考:

【要約】

小さな主人公マスクは小さな世界を大きく見せてくれるアンチ・ヒーロー的な立役者です。大きなものの陰になりやすい小さな事柄や、強大な流れに忘れ去られがちな大切なことを、読者の目の前に拡大して再認識させてくれます。足元に咲く小さな花に視線を落として感じる幸せ、大地の石や水や木が呼応しあう音に耳をすませて癒される心。マスクは答えを言わずに、言葉で訴えます。

フィンランドを代表する女流詩人ヘルヴィ・ユヴォネンの「杯苔(Pikarijakala)」(エッセー「森を呼吸する」参照)のような世界観や哲学が感じられる散文詩です。

【抜粋訳: p.9, 33, 41, 43, 109, 142】

p.9

夏休みに旅に出かけました。どこかの停留所でマスク・パカイネンと合流して、また別れました。石だらけの道を一緒に歩き、マスクは石から石へピョンピョン飛び跳ねます。
「こんなふうに大股で飛んでれば嬉しそうに思うだろ」
ぼくとしては、ジャンプするより石の間に潜りこんでしまうほうがいい。
道は砂利道へと変わって、マスクは辛そうに歩き始めました。
「ねえ、聞こえる?道だって痛いんだよ」そう、マスクが言いいました。

p.33

マスクはまたもどこかへ出かけようとしていました。
「世界には世界のためにあんなにも底なしの嘆きがある。底なんて、この靴底以外になにもないよ。これだって壊れてるんだ」

p.41

小さな花、ゴマノハグサです。それは薬草です、とマスクがポンピエルスに説明しました。その小さな花は足元からあなたを見つめています。もっとつぶさに見ようとすると、地面に顔がくっつきそうになるでしょう。それが効くんです。

p.43

マスクが暮らしている曲がり角だらけの町で、考えを巡らすことがあります。果たして、人のなかにも自然の曲がり角があるのでしょうか。内臓器官だって四角だったはず。

機会があるうちに、森の小道に出かけるのが一番。町が田舎の反意語と言っているわけではありません。それこそばかげた話で、もともと反意語なんてないんです。ただ、だれにも迷惑をかけずにダンスフロアが軋むくらいおもいきり踊れる場所を考えていただけ。大気が今までになく震えるほど、足裏から頭のてっぺんまで声が劈く場所を考えていただけ。大地の石や水や木々の音が折り重なるみたいに歌える場所を考えていただけ。それは、癒しの音。その音を出せない人は癒されないということを、マスクは知っています。

p.109

「あの人は狂ってる」と、知り合いを訪ねたポンピエルスがため息をほぅと吐きました。
「べつに驚くことはないよ。世界中が狂ってるんだから」と、マスクが言いました。
「あの人の耳に水が入ってさ、シャワーとケータイの音の見分けがつかないんだ」
「その人には君の話が聞こえるの?」
「もちろん、聞こえるには聞こえるけど、なんでもごちゃまぜにする症候群にかかってさ、爆撃と便秘、テレタビとタリバン。正常に戻すために、世界のシステム全体を変えなくちゃならない。君さ、手伝ってくれる?」と、ポンピエルスが言いました。

p.142

マスクはベリー摘みがあまり好きではありません。屈みたくないのです。足が長いので立った姿勢では体を傾けづらいし、頭をブルーベリーにごつんとぶつけはしないかといつもびくびくしています。そういうことも、たまにあります。ですが、ナナカマドの実を摘むことには長けていて、枝を脇にはさめば楽に房が取れるのです。

かつて、ヒメツルコケモモを見つけたことがありました。それは、小さな島でひとりぼっちでした。苔がもさりと撓み、マスクの足は膝まで赤いヒメツルコケモモのなかにめりこみました。そこで、その島を"ヒメツルコケモモの島"と名づけると、島はたいそう喜びました。つぎの夏にボートで島まで行くと、島はヒメツルコケモモできらきらと輝きを放っていて、隙間なくたわわに実っていました。ふたたび苔がもさりと撓み、マスクはヒメツルコケモモを摘んだのです。

文/訳 末延弘子 ミルッカ・レコラ著『マスクたち』(2002)より


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