【要約】
極地の氷河は溶け、雪や氷の冬はもはやなくなった。海面は上昇し、陸とともに多くの都市が沈んだ。石油は涸れ、亜熱帯の太陽が唯一の天然資源となった。資源や技術が涸渇した灰色の時代を経て、森や水は今、軍事政権の厳重な監視下に陥っていた。
ラップランドの僻村で暮らすノリア・カイティオは、茶人であった父の跡を継ぎ、茶事の亭主として生計を立てていた。茶人は、水を守る人であり、水に奉仕する人だ。ラップランドの丘陵の洞窟には、人知れぬ源泉があった。そこから水を引いて茶会でもてなし、あるいは水を止めて水が尽きぬよう、茶人は静かに守り続けてきた。水は誰のものでもない。茶をもてなす場では誰もが皆、等しくある。そんな水の記憶を、父の死後、ノリアは代々の茶人がそうであったように、受け継いでいこうと決意する。
水を隠すことは犯罪だった。違法に配水管を引き、水を得た住人は銃殺される。軍隊による水の検閲が強化され、ついには水が配給制になると、村で病が蔓延し始めた。友人サンヤの熱病を患う妹のために水を運ぶノリアに、軍隊は疑惑の目を向けた。
村には、プラスチックの墓地がある。それは、灰色の時代に先だつ前史時代の廃墟だった。そこで発見したCDには、「失われた国々」に生きたヤンソン探検隊による水の所在が記録されていた。やがては涸れる丘陵の源泉を前に、過去の痕跡に希望を託し、ノリアは水を探す決心をした。水を守るということは流れを止めないということだ。始まりのための終わりであるために、ノリアは未来に水の記憶を残していく。
静かに、けれども確かに流れ続ける緊迫感と希望を失わない本書は、テオス社ファンタジー・SF小説大賞およびカレヴィ・ヤンッティ賞を受賞した。
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