【抜粋訳: p.7】
恋人同士
流行の絵ばかりで構成された女が部屋を横ぎって、ぼくのテーブルにぴたりと着いた。
ダダ?
そう訊く女にうなずいたぼくは、深くお辞儀をしたようだった。
「ダダ」
彼女は口元に笑みを浮かべ、逆方向に目を回し、眉毛はぐわんと波うった。
だんだん気分がわるくなり、ぼくは煙草に火をつけて、ぼくらの間に具体性を取り戻した。
「ダーダ」
よく考えたうえの女の言葉だった。女はピンクの煙草を黒いパイプにねじりこみ、身を乗りだして火をせがんできた。
しんと静まり返ったなか、ぼくらは煙草をのんで、女はカラフルなマニキュアを塗っていた。
「ダダ」と、ぼくが訊く。
「ダダ」と、女がひっそり答える。しばらく内緒にしていた心の秘密を打ち明けるように、ひっそりと。
ぼくはこくりとうなずいた。
女は人形のように立ちあがり、ぼくの隣に転がるように腰かける。バニラの吐息が鼓膜に感じるほど、ぼくの耳に唇をおしあてた。
「ダダ」と、女は上昇する風のようにささやいた。
「ダダ」と、壊れそうな声でぼくは言う。
彼女の手がぼくを絡め、ぼくらは濡れた時計のようにひとつに溶けあった。
そうしてぼくらは部屋を後にした。脆い感情に占められた人間として、我に返る理性しかない人間として。
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