KIRJOJEN PUUTARHA
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 tunnus フィンランド文学の概説

フィンランドは、西のスウェーデン(約1200~1809)、次いで東のロシア(1809~1917)の治下を経て1917年に独立しました。言語は、フィンランド語とスウェーデン語を公用語とし、両言語に加えて北方先住民族が用いるサーミ語 が内国語として認知され文学作品が著されています。文学の歴史は、13世紀以降キリスト教書物の翻訳に 始まり、1831年には独自の文化機関であるフィンランド文学協会が設立され発展を遂げます。

作家の写真1長年他国の治下にあったフィンランドの歴史を反映して文学の全般的な特徴は、世代を問わず作品の中 で国民の姿を追い求めている点、また表現技法では四脚の強弱格からなる固有のカレワラ韻律が民俗詩に用いられる点などが挙げられます。 独自の文学は、19世紀初頭、啓蒙思想の流布、ロシア治下への移行など環境が変化する中で民族ロマン主義が興隆し誕生しました。作家達は、民族の意義を探求し始め、フィンランドの民族や自然、歴史に根差した作品を描き出したのです。

この時代を代表する作家であるヨハン・ルドヴィグ・ルーネベリ(Johan Ludvig Runeberg, 1804-77)は、民衆の実態を詩集『詩』(Dikter, 1830)や物語詩『旗手ストールの物語1-2』(Fanrik Stals sagner I-II, 1846, 60)に描写し、またエリアス・レンロート(Elias Lönnrot, 1802-84)は民族の根源を求め叙事詩『カレヴァラ』(Kalevala, 1835)を編纂しフィンランド文学の礎を築きました。その他に、ザクリス・トペリウス(Zachris Topelius, 1818-98)は歴史小説『軍医物語1-5』(Faltskarns berattelser I-V, 1851-66)や児童文学『子供のための読み物1-8』(Läsning för barn I-VIII, 1865-96)で、アレクシス・キヴィ(Aleksis Kivi, 1834-72)は戯曲『クッレルヴォ』(Kullervo, 1864)や長編小説『七人兄弟』(Seitsemän veljestä, 1870)でそれぞれのジャンルを開拓しました。

作家の写真219世紀末から20世紀前半の文学は、近代化、ロシアの圧制、独立と時代が変遷する中で、散文では写実主義的に時代や社会、民衆の生活を捉え、叙情詩では独立気運の中、民族ロマン主義の再来であるカレリアニズムが現れる一方で、新たな時代へ向けて象徴主義やモダニズムも並行して興隆しました。小説ではユハニ・アホ(Juhani Aho, 1861-1921)の『牧師の妻』(Papin rouva, 1885)、アルヴィット・ヤールネフェルト(Arvid Järnefelt, 1861-1932)の『土地は皆のものである』(Maa kuuluu kaikille!, 1907)、イルマリ・キアント(Ilmari Kianto, 1874-1970)の『赤い戦線』(Punainen viiva, 1909)、ヨエル・レフトネン(Joel Lehtonen, 1881-1934)の『プトキノトコ』(Putkinotko, 1919-20)といった民衆の生活を写実的に描いた小説が書かれ、殊に、フランツ・エミール・シッランパー(Frans Emil Sillanpää, 1888-1964)は、独立に伴う内戦を舞台に、あるフィンランド人の生涯を克明に綴った『聖貧』(Hurskas kurjuus, 1919)などを著し1939年にノーベル賞を受賞しています。

作家の写真3その他に、ヨハンネス・リンナンコスキ(Johannes Linnankoski, 1869-1913)のドン・ファン小説『真紅の花の歌』(Laulu tulipunaisesta kukasta, 1905)、エストニアの民話を題材に禁断の愛を描写したアイノ・カッラス(Aino Kallas, 1878-1956)の小説『狼の花嫁』(Sudenmorsian, 1928)、社会分析を試みたオラヴィ・パーヴォライネン(Olavi Paavolainen, 1903-64)の随筆『現代を求めて』(Nykyaikaa etsimässä, 1929)などがあります。また戯曲ではミンナ・カント(Minna Canth, 1844-97)の『労働者の妻』(Työmiehen vaimo, 1885)やヘッラ・ヴオリヨキ(Hella Wuolijoki, 1886-1954)の『ニスカヴオリの女たち』(Niskavuoren naiset, 1936)などが、児童文学ではアンニ・スヴァン(Anni Swan, 1875-1958)が優れた作品を著しています。

叙情詩では、20世紀初頭にエイノ・レイノ(Eino Leino, 1878-1926)の『聖霊降臨祝歌』(Helkavirsiä, 1903)など新ロマン主義的な詩集や、オット・マンニネン(Otto Manninen, 1872-1950)、ヴェイッコ・アンテロ・コスケンニエミ(Veikko Antero Koskenniemi, 1885-1962)など象徴主義的な詩集がフィンランド語詩を代表し、スウェーデン語詩では、エーディス・ショーデルグラン(Edith Södergran, 1892-1923)が詩集『詩』(Dikter, 1916)でモダニズムを開拓しています。その他に、1930~40年代の詩人にウーノ・カイラス(Uuno Kailas, 1901-1933)、カトリ・ヴァラ(Katri Vala, 1901-1944)、アーロ・ヘッラーコスキ(Aaro Hellaakoski, 1893-1952)などが活躍しました。

作家の写真4第二次世界大戦後の文学は、散文では時代を反映して戦争を舞台に人間の心理を描く作品や、社会を風刺する作品や、過去や幻想の世界に現実を描き出す作品が盛んに著されました。叙情詩では、西洋で興隆したイマジズムを背景に詩の改革が進められフィンランド語詩のモダニズムが開花しました。この時代を代表する小説として古代にロマンを求めたミカ・ワルタリ(Mika Waltari, 1908-1979)の『エジプト人シヌヘ』(Sinuhe, egyptiläinen, 1945)や、戦争を介して新たな社会への解決策を模索したヴァイノ・リンナ(Väinnö Linna, 1920-1992)の『無名戦士』(Tuntematon sotilas, 1954)、ヴェイヨ・メリ(Veijo Meri, 1928-)の『マニラ麻のロープ』(Manillaköysi, 1957)など国際的に評価の高い小説を輩出しています。その他に、ラウリ・ヴィータ(Lauri Viita, 1916-1965)、アンッティ・ヒュル(Antti Hyly, 1931-)、マルヤ=リーサ・ヴァルティオ(Marja-Liisa Vartio, 1924-1966)、ヴェイッコ・フオヴィネン(Veikko Huovinen, 1927-)などが活躍しました。

児童文学では、トーヴェ・ヤンソンのムーミン(Tove Jansson, 1914-2001)童話やウルヨ・コッコ(Yrjö Kokko, 1903-1977)の『羽根をなくした妖精』(Pessi ja Illusia, 1944)がよく知られています。叙情詩では、エイラ・キヴィッカホ(Eila Kivikkaho, 1921-2004)の『野原を抜けて』(Niityltä pois, 1951)、ヘルヴィ・ユヴォネン(Helvi Juvonen, 1919-1959)の『氷底』(Pohjajäätä, 1952)を皮切りに、パーヴォ・ハーヴィッコ(Paavo Haavikko, 1931-)の『遠のく道』(Tiet etäisyyksiin, 1951)やエーヴァ=リーサ・マンネル(Eeva-Liisa Manner, 1921-1995)の『この旅』(Tämä matka, 1956)などでフィンランド語詩のモダニズムを実現しました。

作家の写真51960から70年代の文学は、散文では政治、フェミニズム、犯罪など多岐わり題材を求めた革新的な作品が盛んに著されました。叙情詩では散文と同様に政治や文化に題材を求める作品や、ダダイズムやシュールリアリズムなどの芸術表現を追求する作品が著されています。この時代を代表する小説として、戦時の共産主義集団の動向を綴ったハンヌ・サラマ(Hannu Salama, 1936-)の『犯人ありし所に目撃者あり』(Siinä näkijä, missä tekijä, 1972)や、性や女性問題を取り上げたエーヴァ・キルピ(Eeva Kilpi, 1928-)の『タマラ』(Tamara, 1972)、マルタ・ティッカネン(Märta Tikkanen, 1935-)の『強姦された男』(Män kan inte valdtas, 1975)、犯罪社会を扱ったマウリ・サリオラ(Mauri Sariola, 1924-1985)の『ヘルシンキ事件』(Lavean tien laki, 1961)などがあります。その他に、カッレ・パ-タロ(Kalle Päätalo, 1919-)、アルト・パーシリンナ(Arto Paasilinna, 1942-)などが活躍しました。

作家の写真6戯曲ではマンネルの『焼けたオレンジ色』(Poltettu oranssi, 1968)など、児童文学ではハンヌ・マケラ(Hannu Mäkelä, 1943-)の『フーおじさん』(Herra Huu, 1973)やマウリ・クンナス(Mauri Kunnas, 1950-)の『フィンランドの小人たち』(Suomalainen tonttukirja, 1979)などが知られています。叙情詩では、政治色の濃いペンティ・サーリコスキ(Pentti Saarikoski, 1937-1983)の『実際には何が起こっているのか』(Mitä tapahtuu todella?, 1962)やマッティ・ロッシ(Matti Rossi, 1934-)の『劇中の人物たち』(Näytelmän henkilöt, 1965)、ダダイズムやシュールリアリズムを追求したカリ・アロンプロ(Kari Aronpuro, 1940-)の『メッキ天使』(Peltiset enkelit, 1964)やヴァイノ・キルスティナ(Väinö Kirstinä, 1936)の『飾らないダンス』(Luonnollinen tanssi, 1965)、若者文化を描いたヤルッコ・ライネ(Jarkko Laine, 1947-)の『プラスティック釈迦』(Muovinen Buddha, 1967)などの詩集があります。その他に、スウェーデン語詩人ボ・カルペラン(Bo Carpelan, 1926-)などの詩集や、サーミ詩人ニルス・アスラク・ヴァルケアパー(Nils Aslak Valkeapää, 1943-)の『わが父なる太陽』(Beaivi Áhcázan, 1988)が高い評価を得ています。

作家の写真71980から90年代の文学は、小説が文壇の主軸を成しました。作家達は、善と悪、都市と地方、親と子など新たな価値観を作中で秤に掛け始めたのです。この時代を代表する作家として、レーナ・クルーン(Leena Krohn, 1947-)やロサ・リクソム(Rosa Liksom, 1958-)が挙げられます。前者は、『ウンブラ』(Umbra,1990)などの作品で価値観を魔的リアリズムで描き、後者は『忘却の1/4』(Unohdettu vartti, 1986)などポスト・モダニズムに通ずる文体で著し、国際的に高い評価を得て多くの言語に翻訳されています。その他に、アンッティ・トゥーリ(Antti Tuuri, 1944-)の『ポホヤンマー』(Pohjanmaa, 1982)、アンニカ・イダストローム(Annika Idström, 1947-)の『わが愛する父』(Isäni, rakkaani, 1985)、ユハ・セッパラ(Juha Seppälä, 1956-)の『スーパーマーケット』(Super Market, 1991)、そしてサーミ人作家キルスティ・パルット(Kirsti Paltto, 1947-)『ソレイケ!私のトナカイ』(Guhtoset dearvan min bohccot, 1986)などが優れた作品が著されています。今後、期待される作家として、現代社会の空虚さを子供と大人の対話を通して屈託なしに描いた小説『シーアへのごほうび』(Kiltin yön lahjat, 1998)で数々の賞に耀いたマリ・モロ(Mari Mörö, 1963-)がいます。

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末延 淳 「概説フィンランド文学」- 所収 レーナ・クルーン著/末延 弘子訳 『ウンブラ / タイナロン』(新評論2002)より