KIRJOJEN PUUTARHA
フィンランド文学情報サイト

ロシア大公国時代の文学

長い間スウェーデンの支配を受けていたフィンランドは、1809年から1917年まで今度は東の隣国であるロシア大公国の自治領となります。このロシア大公国時代と呼ばれる時代に、独自の文学機関であるフィンランド文学協会(Suomalaisen Kirjallisuuden Seura)が1831年に設立されたり、三人の偉人と称される人物が登場したりと、フィンランドの文芸文化は飛躍的に発展を遂げます。この時代についていくつかの項目に分けて記述していますので、お好きな項目を右のメニューより選択してください。

なお、人名や書籍は読みやすいように日本語に訳して記載しています。

原語名は下記の索引を参照してください。

■ 索引
■ 参考文献一覧


フィンランドの劇場

フィンランドにおいて、演劇は17世紀には既にトゥルク大学の学生などによって行われていましたが、今日の劇場の形が登場し始めるのは、19世紀に入ってからです。文学の発展と同様に、19世紀の劇場文化の興隆には、ロシア圧政下のフィンランド文化を向上させる目的がありました。更に、フィンランド内部でスウェーデン語とフィンランド語の衝突という言語問題が浮上してくると、スウェーデン語劇場はスウェーデン系フィンランド人の社交場として活動し、一方フィンランド語劇場は国家主義的なフィンランド・アイデンティティーを強調するものになっていきました。スウェーデン語の劇場文化を代表する作品として、フレドリック・パシウスの歌劇『カール大帝の狩猟』(1852)が、フィンランド語の劇場文化においてはアレクシス・キヴィの『レア』が挙げられます。

『カール大帝の狩猟』は上流階級や学識階級の素人121名によって演じられた大掛かりな舞台です。劇の音楽はパシウスが担当し、その歌劇台本はトペリウスによって書かれました。『カール大帝の狩猟』はアハベナンマー(オーランド)でのカール九世の狩猟物語です。この歌劇は、以前の支配国スウェーデンとの繋がりを擁護している点で、ロシア圧制に対するフィンランド人の姿勢が窺えますが、直接的にフィンランド性を主張したものではないようです。

『カール大帝の狩猟』は、新しい劇場の建築に大きく貢献しています。作品が上演されたエンゲル劇は老朽化していたため新しい劇場の構築が開始され、1860年にスウェーデン語系劇場であるニュア劇場が建てられました。しかしながら、ニュア劇場は1863年に火事で損傷し、1866年に再構築されます。これが現在のヘルシンキ・スウェーデン劇場です。

フィンランド劇場(現在の国民劇場)は1902年に完成しますが、フィンランド語による演劇は、先に述べたスウェーデン語劇場を借りて行なわれています。キヴィの『レア』は、1869年に初上演されました。キヴィの作品はフィンランド語とスウェーデン語の両劇場で上演されており、『レア』のフィンランド語による上演はフィンランド語によっても上演できることを知らしめたのです。最初の劇作として、キヴィは民俗詩に題材を求めた『クッレルヴォ』(1864)を手掛けています。文化や民族昂揚という観点から、 この作品がフィンランド語による最初の演劇としてふさわしく思われますが、聖書より題材を取った『レア』が選ばれた背景には、当時の文芸やフィンランド語に対する見解に拠る所が大きいといえます。『レア』には観念的な思想やロマン主義的な世界観が含蓄されており、時代の精神を描写している点で重要視されました。聖書的な解釈を国民的な解釈 に置き換え、当時のフィンランド文化を伝統的な西洋文化と結びつけようとする動きと、聖書的で西洋的な要素が上手く噛み合ったのです。

『レア』はフィンランド語劇場の活性化に大きく貢献し、キヴィのその他の劇作品も次第に上演され始めます。結婚までの経緯を描いた『婚約』(1866)は1872年に、靴屋エスコの求婚喜劇『荒野の靴屋たち 』(1864)は1875年に、『クッレルボ』(1864)は1885年に、そして小説『七人兄弟』(1870)は1898年に上演されました。こうして、キヴィの作品を通してフィンランド語の国民劇場が誕生したのです。

少し余談になりますが、日本の劇団がフィンランドを訪れています。1906年にヘルシンキで上演された「芸者の復讐」と「切腹」は好評を博し、当時のヘルシンキ新聞で「心打たれる新時代の日本の劇」と、評判は高かったようです。1912年に同劇団がヴィープリを訪れ、仮名垣魯文の「茶室」と「お竹」を上演しています。このような日本の劇団の訪問は重要な役割を果たしています。当時のフィンランドには未だ日本文学についての概念が定まっておらず、視覚的にも聴覚的にも効果のある劇は日本文学への理解を促進したのです。


このページのトップへもどる