KIRJOJEN PUUTARHA
フィンランド文学情報サイト

冬の太陽たち

海が凍る。湖が凍る。空が凍る。水面に残した夏の青い残り香も航跡も、白い雪面のなかへと消えてゆく。凍上する大地も、衣をなくした葉末も、すべてが白い粉雪をかぶり、くっきりと見えていた輪郭がおぼろげになってゆく。どこからどこまでが道で、どこからどこまでが水際で、そして、大地と空の境界線はどこにあるのでしょう。雪は、夏の存在をすっかり覆い隠して、冬の太陽となります。

雪の結晶の煌きは、長く寒いフィンランドの冬に光を灯します。何度も人びとの足に踏みしだれても、降り止まぬまっさらな粉雪が光の粒子となるのです。雪消の日がくるまで、白い太陽は人びとの日常を照らし続けます。

雪の背中

雪の背中は逞しく、人びとの生活の糧となります。凍てついた海や湖の上を歩くと、キュッキュッと雪の厚い背中が軋みます。底光りする燃えるようなオレンジ色の空に、白々とした銀世界が映えます。対岸の島へピクニックに出かけて、そこで沸かすコーヒーの水は吹き溜まりのまっさらな雪。沸々と溶解する雪水は、身体の芯を温めてくれます。

ジュッジュッと音を立てては白い蒸気を上げるサウナ小屋。何時間もかけて温められたサウナは煤と白樺のアロマで充満しています。明かりは小窓から入る雪面の世界。サウナで火照った体を冷やすのも、こんもりと積もった雪の背中。そこに裸の自分を押しつけてころころ転がると、白鳥の羽のように白いいきれが大きくしなやかに羽ばたきます。蒸気が羽となり、その羽がサウナ小屋から沸きあがる湯気とひとつになって宙に揺らめく光景は、消えないひとつの残像です。

ピポという毛糸の帽子をかぶり、ウインドブレーカーをはおってシャカシャカという衣擦れの音を立てながら、人びとはクロスカントリーを散歩がてらに楽しみます。粉雪で固められた精悍な雪の背中に、スキー板の二本線をくっきりと残して。]

ときに、雪景色にぽつんと置かれた乳母車を目にします。おやおやと覗いてみれば、ピポや着ぐるみに包まれてすやすやと寝息をたてている赤ちゃんがそこに。「外の方がよく眠るのよ」と、時間を置いて戻ってきたお母さんの言葉に驚きながらも、その子の頬は血色よく紅潮していました。そして、乳母車で寝ていたあの子も、今では駆け回るまでに成長し、その立派な姿に感心します。

冬のいきれを人びとは積極的に吸い込み、それは日々の生活のなかに自然に活かされています。寒い雪の背中も、活かし方で温かい太陽となります。

魔法の箱

冬の太陽たちは、さまざまな形で生活空間に入り込みます。家の真ん中にどっしりと鎮座しているレンガ造りのオーブンも、そのひとつでしょう。そのなかで、ラーティッコと呼ばれるグラタンやキャセロールがグツグツと煮え、ピーラッカと呼ばれるパイや穀類たっぷりのパンがふっくらと焼き上がります。その残り火の温かさは家の隅々まで行き渡り、安らかな眠りをも誘います。オーブンの持続する暖かさは、パン種の格好の発酵場所ともなり、そこでは雪水で濡れそぼった靴下も手袋も乾きます。ふと見上げれば、気持ちよさそうに寝そべったネコの姿を目にするのです。

昔の交通手段はスキーでした。町に用事があるときなどは、オーブンのなかに今日の夕飯を入れて颯爽とスキー板を滑らせます。そして、帰ってくる頃にはちょうどよく焼きあがっていて、温かく家人を迎えるのです。今では、スキーから車に変わったものの、オーブンは変わらず家を太陽で満たしています。

オーブンで温められ家中に充溢する匂いは、心を躍らせ和やかにします。カルダモンの黒い粒々が口のなかで弾ける丸い菓子パンのプッラ、そして、シナモン、ジンジャー、クローブの効いたジンジャークッキー。香辛料の粒子がカーテンやキッチンクロスに溶け込んで、家庭の匂いを作ります。その匂いは冬眠中であるはずの動物たちをもくすぐります。視線を感じて振り向くと、「窓越しにヘラジカと目が合ったんだよ」と、同じ窓に昔の思い出を重ねているおじいさんの目は、何十年も前のヘラジカを見ていたのでしょうか。

オーブンは魔法の箱。そこから放たれる温度や匂いに、冬の充足を感じます。「いくら形がイビツでも、オーブンがキレイにしてくれるのよ」と、生地と奮闘する私を励ますおばあさんの手は、いつも仄かにプッラの匂いがしていました。

小さな太陽たち

パーセクの光を放つ星も冬の太陽のひとつ。夜の天蓋は宇宙のパノラマのように広がり、そこに無数に点在する星たちは冴え渡った大気に玲瓏な光を放ちます。一番星もそうでない星も、墨をこぼしたような冬の夜空にはすべてが煌き、今にも空ごと落ちてきそうなくらい星で満ちています。冬空は星たちのなかにあり、その輝きを放つ存在感は大きく、空を見ているのに、空が私を見ているような気持ちになるのです。

冬の小さな太陽は、地上にもぽつりぽつりと見えます。雪面にひっそりと灯るキャンドルの明かりは、闇夜に包まれた玄関先を照らしだし、オレンジ色に爆ぜるその色に、隠れてしまった夏の太陽の面影を重ねるのです。

ねえ太陽、君は穏やかに見つめるんだね、
一月の吹き溜まりの静かなる重みを。
花たちや鳥たちの歌声は何処、
戯れは何処なんて、なにも聞かずに。

ねえ太陽、それだって君の仕事だったさ、
固い大地に君が息吹を吹き込んだんだ。
固い君の表情にはもう
意気揚々たる面影は見あたらない。
君は姿を消したわけじゃない。考え深げに
見つめているんだろう、遥か彼方の星たちを。
(---)

アーロ・ヘッラーコスキ著『揺らめく舳先』(1946)「一月」より

粉雪から水雪へ、そして、背中に跡を残したスキー板の二本線も消える頃、森のなかで青い雪割り草を目にすることでしょう。その可憐な花冠は、天蓋から放たれる眩しい光を仰ぎ、隠れていた太陽の存在を知らせます。

(文/訳 末延弘子 「スオミ」16号掲載)


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